長崎管理人のシュンです。

本サイトでも何度となく熱く語っていますが、POPSとROCKの黄金期はやはり70年代と言えるでしょう。特にPOPSにおいては、後世に残る名曲が多く生まれた年代と言えます。

ということで、代表的な70年代のPOPSを何曲かご紹介してみましょう。

明日に架ける橋

サイモン&ガーファンクルにとって3作目となる全米1位を獲得した曲。そしてサイモン&ガーファンクル、最大のヒット曲となりました。そしてグラミー賞も4部門において受賞した名曲です。

メロディの美しさ、ハーモニーの美しさ。メロディそして歌詞。全てにおいて名曲の要素を含んでおり、普遍的な曲と呼べれるでしょう。

イマジン

1971年にリリース。全米で最高位3位。日本国内ではオリコンで最高位14位と洋楽ではかなり善戦。ジョン・レノンが凶弾に倒れて、死後の1981年に再びチャートを駆け上がり、全英にて第1位を獲得しています。晩年のジョン・レノンはオノ・ヨーコの影響でしょう、歌詞も内相的になり、平和や隣人愛といったテーマが増えて行きました。凶弾に倒れたのは残念でなりません。ビートルズ解散以降、音楽的にもっとも変化したのは、ジョン・レノンであったと思います。メロディやアレンジにしてもより、解りやすいシンプルさが際立っていました。それがかえってメロディや歌詞がストレートに胸に刺さる・・・円熟期に差し掛かってジョン・レノンを代表する名曲の一つでしょう。

シェリーに口づけ

70年代初頭、フランスでポップ革命を牽引したミッシェル・ポルナレフ。それまでフランスと言えばシャンソン。もちろん、シルヴィー・バルタンなどポップアイドルもいましたが、フレンチ・ポップスという造語が出来たくらいフランス産のポップスがスポットライトを浴びました。その立役者がポルナレフであると言えます。シャンソン風なポップサウンドは、新鮮そのもので、アメリカンポップス全盛の中で、キラリと輝く存在感がありました。愛の休日や忘れじのグローリアなどポルナレフの個性あふれるメロディアスな楽曲はポップス界に一石を投じたと言えるでしょう。

イエスタディ・ワンスモア

本国のアメリカ以上にカーペンターズ旋風が吹き荒れたのがここ日本。当時出す曲、出す曲が軒並みヒットチャートの上位を独占していました。70年代はRockの全盛時代でしたが、カーペンターズを中心としたアメリカンポップの王道を継承するユニットやアーティストもまた大活躍した年代です。特にカーペンターズのボーカル、カレン・カーペンターは、高域ではなく低域から中域のボーカルに魅力があり、日本人の琴線に触れるものがあったと言えるでしょう。現に紹介するイエスタディワンスモアは、日本でも100万枚をこえる大ヒットを記録しています。もちろん、楽曲の素晴らしさもあるのですが、カレン・カーペンターのボーカルの魅力によるところが大きかったと思います。

オネスティ

大都会ニューヨークに暮らす男女を時にドラマティックに時に内相的に歌い上げたビリージョエル。ビリージョエルの魅力はメロディメーカーとして無二な存在であったと言える点でしょうか・・・ご紹介するオネスティは本国アメリカではさほどヒットしておらず、日本で爆発的に人気を獲得した曲です。ソニーや住友銀行などのCMで使われたという点も見逃せません。この後、CMとタイアップした曲が売れるという方程式が出来ました。世の中が不誠実に溢れる中で、誠実さを得ることは難しいのだけれど、それでも誠実さを求める・・・という歌詞に共感を持った方も多かったのではないでしょうか・・・

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